取材場所を絶対に明らかにしてはならない。携帯電話を持ち込んでもいけない。
そうした条件のもとで入った、ウクライナにある厳重なセキュリティーで守られた施設。
そこでは、戦争捕虜となったロシア側の戦闘員が収容されていました。中は、どうなっているのか。取材しました。
(ウクライナ現地取材班 関谷智、別府正一郎)
公開された収容所
ロシアによる軍事侵攻で、激しい戦闘が続く東部地域。今何が起きているのかを知ろうと取材を続けていると、ある連絡が。
ウクライナの司法省は、NHKを含む複数の外国メディアに、所在地や戦争捕虜の顔を明かさないことなどを条件に、7月15日に国内にある捕虜の収容所の内部を公開するというのです。
さらに、捕虜となったロシア側の戦闘員に取材する機会も設けるとのことでした。
インタビューを受ける捕虜は、ウクライナの司法省が本人の意向を確認して対応可能な捕虜を選び、取材の際には、NHKが直接、本人の同意を得た上で、ウクライナ司法省の立ち会いの下で話を聞くことになりました。
また、事前にICRC=赤十字国際委員会(※)に連絡を取り、捕虜の取材では、顔と氏名を出さず、本人が特定されることのないよう加工をした上で報道するよう助言を受け、それに沿って取材することにしました。
※ICRC=赤十字国際委員会
武力紛争やその他の暴力などによって苦しむ人たちを支援する組織。国際人道法や人道上の原則の普及と強化に取り組む。
収容所の中は
有刺鉄線と高い塀に囲まれ、ウクライナの国旗が掲げられた収容所。
取材に同行するウクライナ司法省の担当者によると、この施設はもともと刑務所で、ロシアによる軍事侵攻以降は、捕虜の収容所として使われているということでした。
収容所内部に入るためには、いくつものセキュリティーチェックを通過する必要がありました。
そして、捕虜がいる部屋に入ると、机に向かって作業をしていた男性たちは動かしていた手を止め、一斉にこちらを向いて立ち上がりました。
不安そうな表情を浮かべる人もいれば、力強い視線で見ている人もいました。ただ、いずれの男性も黙ったままこちらを見ていました。
捕虜となっているのは
収容所にいる捕虜の人数は明かされませんでしたが、確認できる範囲では、少なくとも20人は収容されていました。
ウクライナ司法省によると、取材した7月15日の時点で、収容されているのはいずれも男性で、20代が多く、18歳が最も若く、50代の戦闘員もいました。
そして、捕虜となっているのは、ロシア軍だけではなく「親ロシア派の武装勢力」の戦闘員も含まれているということでした。
実は、ウクライナへ軍事侵攻を続けているのはロシア軍だけでなく、「親ロシア派の武装勢力」もウクライナに対して戦闘を行っています。
ウクライナでは、東部の地域で、2014年からロシアの後ろ盾を受けた「親ロシア派の武装勢力」がドネツク州とルハンシク州の一部を占拠し、その後、ウクライナからの独立を一方的に表明しました。
ドネツク州やルハンシク州は、ロシアと国境を接していて、歴史的にも経済的にもロシアとつながりが深く、幼い頃からロシア語で生活してきた住民が多い地域で、ここの一部を占拠する「親ロシア派の武装勢力」はロシア軍と連携し、ウクライナ軍と戦っているのです。
戦闘員は何を語った?
施設の取材を終えたあと、捕虜を取材する時間が設けられました。
取材に応じたのは、ドンバス地域でウクライナ軍と戦闘をしていた「親ロシア派の武装勢力」の29歳の戦闘員。
黒い帽子と黒い作業着を着用し、手錠など身体を拘束する器具は付けられていませんでした。
がっしりとした体格のその男性は、取材の間、体の後ろに腕を組み、インタビューでは慎重に言葉を選んで、短く答えました。
以下、主なやりとりです。
Q)戦闘に参加したきっかけは?
A)1月17日にルガンスク人民共和国(※)と契約を結んだ。どこに行って何をするか、何も伝えられないまま出発した。上官は、最初、戦闘は3日間で終わり、家に戻ることができると話していた。
Q)戦闘では何を見たのか?
A)戦闘が行われた村では、壊れた住宅など多くの破壊を見た。電気も止まっていた。
Q)軍事侵攻についてどう思うか?
A)何のために戦っているのか分からない。双方で多くの人が死んでいる。政治的に解決すべきだ。
Q)プーチン大統領の評価は?
A)政治的な質問は分からない。しかし、彼のやっていることは、もちろん間違っている。
※「ルガンスク人民共和国」
親ロシア派の武装勢力は、ウクライナ東部を占拠し、ウクライナからの独立を一方的に表明した際、「ルガンスク人民共和国」「ドネツク人民共和国」という国家の樹立を相次いで宣言した。
ウクライナ司法省は
外国メディアに収容所や捕虜の取材を許可したウクライナのビソチカ副司法相は、施設内にある捕虜のための診療所、運動場、食堂などを案内し、次のように強調しました。
「私たちは、ICRCの訪問を受け入れるなど、捕虜を国際人道法に基づいて扱っている」
一方で、ロシアとの捕虜交換を巡る交渉を進める上で、捕虜の存在が必要だとも指摘しました。
「ウクライナ人の捕虜を取り戻すためにも、ロシア兵などの捕虜が必要だ」
“交換の材料”となる捕虜
NHKのような外国メディアにも取材を許可したウクライナ側の意図は、「ウクライナ側は捕虜を人道的に扱っている」というメッセージを広く伝え、ロシアで捕虜となっているウクライナ兵も人道的に扱うようロシア側に求めるねらいがあるのではないかと感じました。
ビソチカ副司法相の「ロシア兵などの捕虜が必要」という言葉は、それだけたくさんのウクライナ兵がロシアで捕虜となっているということを表しているといいます。
一方で、生身の人間が“交換材料”になるという、紛争下の現実の一端を見た気がしました。
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